身の程知らずが、創作に手ぇ出した。

とりたてて文才のない駄文屋が、調子乗って創作に手を出しはじめました。香ばしい感じがするブログです。主に一話完結のショートストーリーがメインです。

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いらっしゃいませ。

当ブログ管理人のto-na-mo-naと申します。

いたって普通の人なのですが、自分の欲求を満たすために創作ブログを立ち上げました。ちなみにこのような事をするのは初めてです。

別のブログも運営している上、書くのはのろいので週に一回ペースでの更新になると思います。
(※2015年10月時点、月一回程度の更新になってしまってます。申し訳ない。)

主に一話完結のショートストーリーを書いていく予定です。登場人物が他の話にリンクしても基本的にその中で話を結ぶつもりです。

記事の内容は定期的に自分で読み返して、気にくわないところが出てくれば加筆・修正は常に加えていこうと思っております。ストーリー自体が大幅に変わってしまうようなら、再度upをしていく所存です。

ないとは思いますが、記事の転載等ありましたらご連絡ください。無断ではご遠慮ください。

それではしばしの時間、お付き合いくださいませ。



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【16作目】 乾杯

最初、お父さんの話を聞いた時、私はどちらかというと反対だった。

お父さんももう50代半ば、今から自分のお店を持つのはそれなりのリスクがあるんじゃないかと思ったからだ。

お父さんは2年前から雇われに戻って家族が慎ましく暮らせるくらいの収入は得ている。家のローンは前の店を売ったお金を繰り上げ返済に充てて名実ともにお父さんの財産になった。

このまま雇われで定年まで過ごして年金生活も悪くはないと思ったからだ。確かに年金だけで暮らせるほど今のご時世を生きるのは楽じゃないけど、調理という技術があるお父さんだったら極端な話、近所の食堂でも働けるだろう。

それに私ももう自分の仕事を持って両親と一緒に暮らしているから今のところお金に困ることはない。

だから私はお父さんがまた自分でイタリア料理店を開くのはどちらかというと反対。お父さんの人生だから「絶対に反対」って強行する様な事はしないけど、開店するのにもいろいろお金がかかるでしょ。

お店の家賃が発生するし、店内はリフォームしないといけないし、いろんな機材を揃えないといけないし、食材の仕入れもしないといけないし、お金がかかる事がいっぱい。

でもお父さんは自分の店をやろうとする。「やっぱり自分の店をやりたいなぁ。」と静かに言った。言葉に勢いは感じられないけどもうやることはお父さんの中では決まっているのだろう。

前もそうだった。40代の時に「独立する」と言って自分の店を持った。お母さんがお父さんの意思を聞いた時はもうお父さんは決めていたらしい。相談らしい相談はなかったそうだ。

お父さんは普段は物静かで温厚なイメージだけど、自分が決めた事に関しては周りに有無を言わせないちょっと頑固なところがある。

お母さんもお父さんの性格は重々解っているのだろう。「あなたがやれるならやってみれば。」と承諾したそうだ。そして今回もお母さんは特に反対しなかった。

「体が動くうちはやってみたら。」

そう言うだけにとどまった。

「朋美はどう思う?」

話を振られた。私はおずおずと意見を言う。

「私ももう仕事してるし、お父さんがやりたい事をやればいいと思うけど、絶対にやらなきゃいけないことなの?お金もたくさんかかるでしょ?」

控えめに反対はしたけど多分効果薄だろう。

「そうだなぁ、確かにお金はかかるけどやりたいんだよなぁ。」

いつも通りの口調だが誰が言っても無駄だろう。

「別にいいけど。」

と私は早々に対決を放棄した。まぁさっきも書いたけど、お父さんの人生なんだしやりたい事ができるのなら、それをやった方がいいんじゃないかとは思う。

「ありがとう。」

お父さんは少し笑みを浮かべてリビングを出ていった。多分新しいお店で構想している事があるのだろう。その準備をしようとしてるみたいだった。

私はひとつため息をついた。いつの間にかお母さんは冷蔵庫から缶ビールを取り出して、テーブルにグラスを二つ置き、注いでいた。

「他人に迷惑かけないうちは好きなようにやらせておけばいいのよ。」

お母さんはビールの注がれたグラスのひとつを持って口をつけた。

「それはそうだけど…。」

私が言い淀んでいるとお母さんは

「さみしくなるね。」

と、ちょっといたずらっぽい笑顔を向けてくる。まるで私の心境を知っていると言わんばかりの表情だ。

「う~ん。」と言葉を濁しつつ私はグラスを手に持った。図星だった。





10年以上前、お父さんが独立して初めて自分のお店を持った。飲食店だからお父さんは朝早くに家を出ていって夜はとても遅い。小さい個人店に人を雇う余裕なんてないから当然お母さんもお店を手伝った。

だから当時、小学生だった私は一人で夜を過ごすのが当たり前だったわけで。一人だったらいつもの家がとても広く感じられた。

最初はひとりの夜は楽しかった。何をしても怒られないから。テレビをずっと見ててもマンガを出しっぱなしにしてても怒る人はいない。でもそれも数日で飽きた。ひとりだったらこんなに時間が経つのが遅いんだ、って事を知った。

たまに仕事の合間にお母さんが電話をくれた。いちいち細かい事もあれこれ聞いてくる声で、お母さんも私をひとりにするのはとても不安なんだって事がすごく伝わった。

ひとりの時にそんな事をふと思い出すとたまに泣きそうになった。泣きそうになったら今度はひとりでいる家の静けさと広さが余計に感じられてゾッとした。だからさっさと布団にもぐって寝ようとした。朝になったらお父さんとお母さんがいるから。

そう、私は寂しかったのだ。

中学生、高校生になるにつれ、寂しさは薄まってきたし、それを紛らわす方法も覚えてきたけど、それでもひとりテレビやスマホをいじりながら作り置きの晩御飯をレンジでチンして食べるのは、たまにだけどため息が出てしまってた。

私が高校を卒業して就職を決めた年、ひょんな事からお父さんが自分のお店を閉める事になった。今までのお店を譲って移転して新しい土地で再出発する予定だったけど、その移転先の建物にちょっと問題があったらしい。

結局、お父さんは移転先でお店を開けず、譲ったお店に戻る事もできず、しばらく家にいる事になった。いわゆる無職だ。そしてお母さんも当然そうなった。

でも私は結構嬉しかった。お父さんとお母さんが家にいてくれるから。その嬉しさを両親に見せるほど幼さはすでになくなってしまってたけど、一緒に囲む食卓は私には替え難いものだった。

穏やかでちょっと寡黙なお父さん。いつも笑顔が絶えず、よくしゃべるお母さん。私はどちらかというとお父さんに似たタイプだけど、特にしゃべらなくてもその雰囲気が心地よかった。

まぁ一家の主のお父さんがずっとこのまま無職って訳にもいかないので、しばらくしたら地元の食堂やホテルに働きに出たけど、私と過ごす時間は以前より格段に増えた。酔っぱらうとなぜだか決まって私のベッドで寝るのが定番になっていた。さすがにこれには
うんざりしたけど。

でも今から思うと、お父さんはもっと働けるけど敢えてそうしなかったのかもしれない。

お母さんはずっと家にいてくれた。「10年間働きすぎたからちょっとはゆっくりさせてよ。」とか「やっぱりお家が一番ね」って言いつつ、一日中家で寝巻のままゴロゴロしてる事が多かったけど、料理だけはちゃんと作ってくれた。

作りたてのあたたかい料理。私が家でご飯を食べる時は必ずお母さんの手料理だった。

そんな生活が丸2年。そしてお父さんが新しいお店をオープンしたらそれも終わる。





私はもう一口ビールを飲んだ。

「楽しみだね、お父さんのお店。」

「あら、朋美は今の生活が気に入ってると思ってた。」

確かに気に入ってはいる。けど私はお父さんのやる事を認めた。だからもうブツブツ言うのは止める。

「そうだけど、お父さんああ見えて頑固だからどうせ聞かないでしょ。それにお母さんも反対しないじゃん。」

「私はどっちでもいいのよ。今の生活も好きだけど、お店に来てくれた常連さんと話をするのも好きだしね。」

私はふと疑問をもった。

「お父さんって、もしかしたら常連さんの為にまたお店をやろうとしているのかな? ほら、移転しようとして結局なくなっちゃったから。」

「う~ん」と言いつつお母さんは冷蔵庫からもう一缶ビールを持ってきた。お母さんはよく飲む。そして強い。

「まぁそれもなくはないでしょうけど、それだけの為に大金かけてやるわけないでしょ。自分がやりたいからって部分が強いと思うわよ。きっと料理人として自分の店で自分の好きな料理を作りたいのよ。」

まぁ確かにそうだと思う。お母さんの意見は一理あると思う。ただ、なんとなくだけど、しっくりこないのはなぜだろう。私は残りのビールをあおった。





それから3ヵ月、家から10分程のところにお父さんのお店はオープンした。以前の店のように繁華街にあるわけでもなく、しかも最寄駅から少し歩かないといけないから、今までの様に大勢のお客さんに来てもらうのは難しいだろう。

オープン初日は平日だった。私は仕事だったからランチタイムには行けなかったがディナータイムに顔を出した。どちらにしろ家に帰っても夕飯はない。今朝の冷蔵庫の中はビールしか入ってないという悲惨なものだった。しばらくはこの状態が続くのは間違いない。

店内は白を基調としたさっぱりとした空間だった。テーブルやカウンターは木目の色をそのまま活かしている。装飾品はまだ少ない。これから始まるお店の歴史と共に増えていくだろう。

そして厨房にはいつものコックコートを着たお父さんと黒いエプロンをつけてホールに立つお母さんがいた。

「おかえり。」

お母さんは茶化すような笑顔で私を迎える。

「なんでおかえりなのよ。」

一応突っ込んで私は厨房前のカウンター席に座った。厨房内ではお父さんが料理を作っている。お客さんはぱらぱら入っていた。前の店の常連さんも何組か。オープン一週間前くらいお母さんがダイレクトメールを出していたから、それを見て来てくれたのだろう。

前の店を閉めて2年になるけど、こういう繋がりがまだある事に改めて常連さんに感謝だ。常連さんの中には私も見知っている人もいる。私は軽く会釈をした。

前の店にもカウンター席があったのでおひとり様の常連もいた。そしておひとり様の常連同士で繋がったりもする。お酒が入って少し陽気になってる事もあるだろうけど、お客さん同士で楽しく会話できるのも大人の所作なのかもしれない。

私にはまだ経験がないけど、もうちょっと歳をとればカウンターが似合う大人になっているだろうか。

カウンターに座ってそんな事を思っていた私に前から「ほい。」とお父さんからグラスを渡された。中はスパークリングワインで満たされている。

「どうしたの?これ。」

「サービス。」

お父さんはいつも以上ににこにこしていた。きっとオープンできて嬉しいのだろうと思っていたけど、なんかちょっとテンションが上がり過ぎのような……。

「お父さん、お酒飲んでるでしょ。」

「わはは、いいのいいの、今日のお客はみんな身内みたいなもんだから。無礼講、無礼講。」

お父さんはまったく隠そうとしなかった。陽気過ぎるお父さんを見てたらなんとなく癪に障った。

「そんなのでこれから大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫。焦らず自分のペースでやっていくから。」

「お父さん、自分の道楽で店を開いたんじゃないでしょうね。」

私は冗談交じりで詰め寄るように言ってみたが「わはははは!」と笑ってごまかされた。もしかしたらあながち間違っていないのかもしれない。

私は渇いたのどを潤そうとグラスを傾けようとした。すると、

「ちょっとちょっと、忘れてるよ。」

と、お父さんがグラスを持って私のグラスに近づけてきた。お父さんと乾杯するのはお正月のお屠蘇に見立てた日本酒でした以来だ。

「まだ飲むの?」

ちょっと突き放してみる。

「新しい店で、娘との乾杯ははずせないでしょ。」

お父さんがお店をやりたかった理由のひとつを見つけた気がした。そしてお父さんがこのお店でやりたい事はまだまだたくさんあるんだろう。

「乾杯。」

重なったグラスは軽い音をたてた。



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【15作目】 やりたい事

まったく覚えがないけど私が初めにピアノを弾いたのはまだ2歳の頃だったらしい。父がある動画サイトでピアノを弾いている動画をBGM代わりに再生していた時に、私が食い入るようにその動画を見ていて、そんな私を見た父が「ピアノに興味があるんじゃないか?」と思ったらしい。

そして近くのピアノ教室にお試しでレッスンを体験して、私はその間、ずっと喜んでポンポンとピアノの鍵盤をたたいていたようだ。

そんな物心つく前からピアノに触れていた私は、日々の生活にピアノがある事が当たり前になっていた。お試しレッスンを受けたピアノ教室はその時から通っているし、父が奮発して中古ながらもピアノを買って家に置いてくれていた。

もちろんその時は私自身もピアノを弾くのが楽しかったし、毎週のレッスンは待ち遠しかった。小学校でもピアノが弾ける事はちょっとした私の自慢だったし、合唱する時は私がピアノで伴奏した時もあった。

いっぱい練習して臨んだ市のピアノコンクールで入賞した時は嬉し泣きしちゃったし、それに喜んでくれる父と母の笑顔を見るのも少し照れくさかったけど嬉しかった。

でもそれも小学生の時までだった。中学生になると両親は特に成績を気にしはじめた。まぁそれはしかたないと思う。私なりに学校の成績は今後の事に大切だと思うし、成績が悪いよりは良い方がいいに決まってる。

中学二年生になっていよいよ高校の進路がちらつき始めると、両親は私を塾に通わせ始めた。今の世の中、学校でやる事だけじゃ足らないって事は私も解ってる。そうやって私は親の言う事を最大限聞いてきたつもりだ。でも…。

「瑞穂、ピアノはいつ辞めるの?」

夏の初めに母から言われたこの一言で、親は私が一番やりたい事を解ってくれていなかったのだと理解した。親からしたらビアノはお遊戯だったのだ。中学生になったらお遊戯なんて当然辞めなきゃね。そんな事も言われた。

確かに将来、音楽で食べていくのがとても狭い門だっていうのは私にもなんとなくわかる。いい成績を残していい大学に行くか、手に職をつけるか。それが親が安心する安定というものだ。

でも少しずつ、ぼんやりとではあるけどピアノを通して将来やっていきたいな、っていう事が浮かんできてたのに。

それにピアノは私の物心つく時からそばにあったものだ。大げさにいってしまえば私が生きる上で当然のようにそこにあるものだった。それを辞めろというのだ。ピアノを弾く私にはもう何も期待してくれていない。

辞めさせるつもりだったんなら最初から私にピアノなんてあたえてくれなくてもよかったのに! 何もわからない小さい私にピアノを勧めたのはあなた達なのに!

結局私はピアノを辞めた。それと同時に家の居心地が悪くなった。別に親たちを無視するわけじゃない。ちゃんと表向きは会話もするし、夕食の時には必ず顔を出す。

でも今までとは親達に対する私の心境はまったく違う。不信感、猜疑心、とでもいうのだろうか、親の言葉をまずはいちいち疑ってしまう自分がいた。

そして家では自室にいる事が多くなった。親の顔をあまり見たくなかった。親はちょっとした反抗期だと思っているみたいだけど原因は私の中ではれっきとしている。

部屋ではSNSを見たりマンガを見たり。そして怒られない程度に勉強。勉強するのもピアノの一件から「やらされてる感」が強くなり、極力手を抜くようになった。そして暇を持て余す。

自室にいるのも息苦しくなったら近くの駅のコンビニまで散歩。コンビニで立ち読み。それに飽きたら家の前の公園のベンチに座ってスマホをいじる。こんなハリのない生活をもう一年も続けていた。ピアノもずっと触っていない。もう触る気も起らなかった。

そして中学三年生の夏休み、みんなは受験勉強。でも私は表向きはみんなと同じでも暇を持て余していた。半ば強制的に行かされている塾の夏期講習もただ出席しているだけで内容は頭に入っていない。発覚すれば親に怒られる。でも別にどうでもいい。

そんな生活を続いていた日の夜、いつものように私はコンビニに出かけた。結構な頻度で出没する私はもう何人かの店員に顔を覚えられている。

その日は店主がレジに入っていた。立ち読みしていると露骨に嫌な顔をしてくるオヤジだ。しかたなく私はパックのオレンジジュースを買って早々にコンビニを後にした。そして家の近くまで戻り、公園のベンチに座ってジュースを一口飲んでスマホをいじる。

それからどれくらい時間が経っただろうか、スマホに集中していて私は直前まで人の気配に気づかなかった。

「瑞穂ちゃんじゃない?」

私はビクリとした。とっさに顔をあげるとそこには男性の姿。一瞬身構える。だが街灯に照らされた顔を確認すると幾分緊張がほどけた。

「田中のおじさん…。」

お隣さんの田中さんだった。奥さんが亡くなって娘さんと二人暮らしのお隣さん。たしか50代くらいだったと思う。年齢からすると立派な中年だけど父のようにお腹は出ていない。黒ぶち眼鏡の奥の目はいつも優しそうだった。

田中のおじさんには沙希さんという娘さんがいて、出版社で働いている私から見たらとてもカッコイイ憧れの女性だ。小学生の時にはちょくちょく遊んでもらったけど、今はパンツスーツ姿で颯爽と歩く姿を遠くから見ている事が多くなった。

「どうしたの?こんなところで。もう9時を回っているけど。」

私はスマホをちらりと見て時間を確認した。まだ遊び回ってる中学生はいくらでもいるよ、と思いつつ私は答えた。

「ちょっと休憩。勉強してて疲れたから。」

「そうかぁ、えらいなぁ、瑞穂ちゃんは。」

にこやかな顔でそう言った田中のおじさんの言葉に、少し罪悪感が疼く。

私はしばらく手もとのスマホに目を落としたままだった。多分「もう遅いから家に帰りなさい。」って言われるんだろう。でも余計なお世話。人の気も知らないくせに。

「僕もここで一息いれようかな? となりいい?」

予想外の言葉に私は驚いた。反応できなかった私を尻目におじさんはさっさと隣に座り、コンビニ袋から缶ビールを取り出した。プシュっという音を立てて缶を開けると一気にあおった。

「うまい!」

目をぎゅっとつむり開口一番そう言うと、ふぅーっと息を吐く。

「仕事終わりのビールは格別だねぇ。」

と独り言のように言った。まぁ同意を求めれられたとしても、中学生の私にはまだその美味しさはわからないから答えようがないのだけれど。

そしてしばらく沈黙が続いた。正直なところ、お隣さんとは言え頻繁に会う事はなく、せいぜい挨拶程度なので私はこの場の空気がちょっとしんどかった。ホントはもう少しここにいたかったのだが。私はため息をついて腰を浮かせようとした時だった。

「最近、瑞穂ちゃんのピアノの音が聞こえなくて、ちょっと心配してたんだよねぇ。」

私はドキリとした。とっさに田中のおじさんの顔を見る。おじさんは前を向いたまま私と目を合わせようとはしない。ただその横顔はとてもおだやかだった。

以前の私はそれこそ毎日の様にピアノを弾いていた。週末で家にいるときなんてほどんどの時間をピアノに費やした日もあった。音は気にしていたつもりだがお隣さんだからもれ聞こえていたのだろう。

私はしばらくおじさんの横顔を見つめていた。またビールをあおる。そして「うまい!」と言ってにっこり笑う。

「最近」って言ってるけど私がピアノを弾かなくなったのは一年も前のことですけど。おじさんの感覚どーなってるのよ。と、今一番触れて欲しくないところに触れられた事に憮然としていると、

「なにかあったのかな、と思って。」

おじさんはさらに突っ込んできた。

「……別に。嫌いになっただけ。」

私は俯いてボソリと呟いた。おじさんの視線を感じた。私は俯いたまま。目は合わせたくなかった。

「そうかぁ~、実は瑞穂ちゃんのピアノ、おじさん結構好きだったんだよ~。」

思わぬ褒め言葉に正直少し嬉しかった。

「沙希は聞きわけのいい子でね。」

私は少しだけ顔を上げる。何の話だろう。

「お母さんが早くに亡くなった事も関係してるんだろうけど、あまり自分のしたい事を言わなかったんだよ。」

おじさんの顔を見る。おじさんはすでに私から目線を離して前を見ていた。

「それより率先して家事を手伝うようになってくれてね。『お父さんは不器用だから』っていっぱしのセリフを吐いて小さい体でせかせかと動いていたよ。」

私は話に引き込まれた。

「実際、おじさんより家事はとても有能でね、お母さんに似たんだろうな。中学生になったら台所仕事は沙希の専属になってしまうくらいだった。」

おじさんはひとつため息をつく。

「でもね、ひとつだけ沙希がお願い事を言ってきたんだ。何だと思う?」

見当がつかない。私はただ無言でいるだけだった。

「沙希が中学一年の頃だったんだけど、ピアノを習いたいって言ってきたんだよ。」

「えっ、沙希さんが……?」

「うん、そう。いつも率先してやりたい事を言わない沙希の頼みだ、おじさんはすぐにOKして近くのピアノ教室に通わせたんだけどね……。」

「………。」

「沙希には悪いがものすごくヘタでね。テンポがあわないというか、リズム感がないというか、よく微妙にずれるんだよ。家事はあんなに要領いいのに、どうも音楽面ではおじさんの不器用さが遺伝してたみたいでねぇ。」

おじさんは苦笑した。

「沙希もそれが解った上で一生懸命頑張ってたけど、一年足らずで『才能ないから辞める』って言ってきたよ。」

「……知らなかった。」

「沙希にとってはちょっと恥ずかしい話だろうからね、あまり言いたがらないと思う。ああ見えて変にプライドが高いところがあるから。」

そしてため息をついておじさんは話し続けた。

「でもね、やりたい事を我慢してた部分は少なからずあると思うんだよね。多感な時期にいろんな事をやれないで我慢するって事はとてもしんどい事だと思う。そういう意味では沙希にはつらい思いをさせてしまったかな、と後悔はしてるんだ。私がもっと家の事をしっかりできれば。それにもし私が再婚してあたらしいお母さんを迎えていたら沙希の負担を減らす事もできたかもしれない……。」

それは私に話すというよりおじさんの独白のようだった。おじさんは早くに奥さんを亡くして、まだ小さかった沙希さんを一人で育ててきた。おじさん自身もいろいろ苦労はあっただろうけど、それよりも沙希さんに対して、してやれなかった事の多さを悔いていた。

「でも沙希は最近、よく旅行に行ってるけどね、一人旅にはまってるみたい。たまには二人で一緒に行こうって言っても『一人の方が楽しいからイヤ』って言われてねぇ。おじさんちょっとさみしかったりするんだよねぇ。」

そう言いながらにこやかな笑顔を私に向けてきた。そしてまた口が開く。

「でもそんな沙希を見てたらね、最近こう思うようになったんだ。」

おじさんは夜空を見上げながら言った。私もつられて上を向いたが星は見えなかった。

「沙希はホントは自分のやりたい事をずっとやり続けてたのかなって。幼い頃の沙希のやりたい事はお母さんの代わりに家を守る事だったんじゃないのかなって。……そして君の代わりに僕を支えようとしたんじゃないのかな。今の沙希を見てたらそう思えてきてね。沙希は本当に君に似てるよ。君も僕の事をいつも支えてくれたからね。沙希は君と一緒にいた5年の短い間、しっかり君の事を見てたんだなって今更ながら感心する。本当に良い子に育ってくれた。」

おじさんは亡くなった奥さんに語りかけていた。その横顔は穏やかだった。これがいろんな経験を重ねてきた大人というものなんだろうか。私は少しだけおじさんの人生を垣間見た気がした。

これから私もいろんな事を経験してこんな穏やかな表情で誰かに話す時がくるのだろうか。

……とてもそうは思えなかった。今のままじゃ。やりたい事を主張せず、親の言う事を聞き流し、かといって別の何かをするわけじゃなく、暇をもてあまし、なんとなく生きている今の私。

そもそもピアノが本当にやりたい事だったの?親に否定されたら「やりたい!」と主張せずに黙って受け入れる程度のものだったの?そんな事も考えず、親に受け入れなれなかったと変にすねて時間を浪費している今の私。

頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。そんな時に耳にふんわりと届いたおじさんの言葉。

「瑞穂ちゃんはご両親にピアノを上手に弾く自分を褒めてもらいたかったんじゃないのかな?」

一瞬で解を得た気分だった。

そして思い浮かんだのは小学生の頃の私。週末にリビングでピアノを練習している時に「瑞穂、ピアノうまくなったな。」と頭をなでてくれたお父さんの姿。コンクールの賞状を手にした私に膝をついて目線を合わせ「よくがんばったわね、すごいわ、瑞穂」と言ってくれたお母さんの姿。

確かにピアノは好きで演奏するのはとても楽しい。でも自分が好きなものでお父さんとお母さんに褒めてもらえる事の方がより一層心に残った。これからも続けていこうと思えた。私は二人に認めてもらいたかったんだ。

私は泣くのを必死にこらえた。下唇をグッと噛み、目じりからこぼれそうになる涙をしきりにぬぐった。おじさんにそれを見られるのは気恥ずかしかった。

おじさんは察するようにベンチから立って「う~ん」と伸びをする。そしてビールを飲みつつ、星の見えない夜空を見上げていた。私は大人のやさしさに救われた気分だった。

ようやく落ち着いた私はスマホに目をやる。

「……そろそろ帰らなきゃ。」

私は立ちあがる。

「ごめん、長居させたね。」

「お話聞けてよかったです。」

そう、私の事はほとんど話していない。おじさんの話を聞いていただけだ。それなのに私の方がこんなにスッキリした気持ちになっている。

私は言おうかどうか迷ったけど、結局それを口にする。

「私は沙希さんはやりたい事をやり続けてたんだと思うよ。私も見習いたい。」

「……そうだね。」

おじさんは静かに応じた。

「それとね、おじさん。嫌いになったっていうのはウソだから。」

「え、何のこと?」

「ピアノの事!」

私は叫ぶように言ってそのまま家までダッシュで帰った。




公園の一件からもう半年以上経つ。私はリビングでピアノを弾いていた。あれから私はやりたい事をやろうと思って行動した。よく親と言い合いをするようになったけど、黙ったまま鬱々と過ごす日よりかはものすごく気が楽になったのは確かだ。

でも「褒めてもらいたい」という私の中のホントの感情は言っていない。今の私にとってそれはあまりにも恥ずかしすぎる。でもこうやって大好きなピアノはまた弾けるようになった。おじさんは聞いてくれているだろうか。

やりたい事をやる。でもそれは意外と難しい事なのかもしれない。やりたくてもどうしても無理な時もあると思うし、それが自分には向かない事もあると思う。

それでも自分の意思を相手に伝える事は間違ってはいないと思う。黙っていたらそれでいいと相手に思われてしまうし、そうする事で相手の気持ちも聞けると思うから。思っているだけで人に通じるなんて事はない。相手が自分の都合のいいように動いてくれる事なんてない。伝える事が大事なんだ。

気分転換に窓から外を見ていたらお隣さんからドアが開く音と同時に「いってきます。」と声が聞こえた。

窓を開けて体を乗り出すと沙希さんが駅に向かって歩いていた。週末だけど仕事のようだ。ネイビー系のストライプスーツを着こなして颯爽と歩く姿はやっぱりカッコイイ大人の女性だ。軽めのボブカットが沙希さんには似合っている。

私は窓から叫んだ。

「沙希さ~ん!」

私の声に少し驚きながらも笑顔で手を振ってくれた。

「私、今度、沙希さんにピアノ教えてあげるから~!」

沙希さんはあからさまに動揺していた。

「だ、誰に何を聞いたのよ!?」

「いってらっしゃ~い!」

私は質問を無視して沙希さんを送りだした。



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【14作目】 出会い

帰宅ラッシュも少し落ち着いた電車の中、利用客は少なくはないが多くもない。それぞれみな思い思いの事をしている。携帯をいじっている女子高生、椅子に座り、ひざにひとかかえある荷物を置いてひといきついているおばさん、イヤホンをつけて音楽を聞いているサラリーマン。

俺は出入り口の手すりにもたれかかって文庫本を読んでいた。俺の電車の中での過ごし方はもっぱら本を読むことだった。

しばらくすると少し離れたところから、

「かたつむり~!!」

と大きな声が聞こえてきた。声の主はちいさな女の子。

「し~。 しずかに。」

一緒にいる父親は女の子に小声で言うが、女の子はその父親のすこし困った態度もおもしろがっているようだ。

「で~んで~ん、む~し、む~し、か~たつむり~!」

と女の子は歌い出す。たまらず父親は女の子を抱きかかえた。そして女の子に顔を近づけて「し~!!」とたしなめる。それでも女の子の歌声は「かたつむり」の一番を歌い終わるまで続いた。

一昔前の俺だったらあからさまに顔をしかめて不機嫌になっていただろう。「親はなにやってんだ、だまらせろ」と。だが今ではその親子を温かい目で見る事ができる。今は梅雨だ。女の子は保育園で「かたつむり」の歌を教わってきたのだろうか、とすら想像してしまう。

梅雨になると俺はある出来事をふと思い出してしまう。それは俺がまだ大学生の頃の話だ。



その日も梅雨らしく雨が降っていた。俺は午前中の一般教養の授業に出る為に電車に乗っていた。通勤ラッシュは通り過ぎた時間帯、席に座って教科書を開いていたところだった。

駅に着き、数人の乗客が電車に乗ってきた。そのうちの一人の女性が俺の前に立った。ゆったりとした白いワンピースを着て淡い青のスニーカーを履いていた。

俺はちらりとその人を見る。

長いストレートの黒髪に、しょうゆ顔、と表現したらいいのだろうか、あまり凹凸はない顔立ちで化粧っ気はない。とても白い肌が印象に残った。たぶん見る人が見ると美人なのだろう。

ずっと他人の顔を見ているのもはばかられるので俺は視線と落とした。その視線の先、彼女のトートバックに着けられたキーホルダーが目に入った。マタニティマークだった。

それを見つけた時、俺は逡巡した。別に俺が座っているところは優先座席でもないが、普通なら席を譲るべきなのだろう。ただ、ちょっとした良心的な行為が恥ずかしかったりもする。大勢の前ですこしばかり勇気がいるのは俺だけだろうか。

俺はもう一度彼女を見た。さっき見た時は気づかなかったが、今度は彼女に違和感を感じた。白い頬はさらに白くなったように感じた。そして紫がかった唇。彼女は体調が悪いのだ。

「どうぞ。」

俺は席を立った。体調の悪い人を前に知らんふりをするわけにはいかないだろう。

「ありがとうございます。」

軽いお辞儀をしてから彼女はか細い声でお礼を言ってくれた。そして席に座った。

俺は彼女から少し離れたところにいたが、なんとなく彼女の事が気になった。彼女はバックを抱えるようにして俯いている。かなり体調は悪いようだった。

しばらくすると電車は俺が降りる駅に着いた。俺は電車を降りる時にちらりと彼女を見た。まだ彼女は俯いたままだったが、いきなり思い立ったように席を立ち、小走りで降り口の俺にぶつかるようにしてホームに降り立った。そして近くの柱までよろよろと歩いてそこにしゃがみこんでしまった。

さすがに放ってはおけなかった。俺はおずおずとしながらだが声をかけた。

「だい…じょうぶですか?」

彼女はそれが自分に向けられた言葉とは最初はわかっていなかったようだ。ようやく振り向いてあげてくれたその顔をさらに白くなっていた。そして口元にハンカチを当てている。

「すみませんが、お手洗いまで連れていってもらえませんか?」

ハンカチを当ててくぐもった声だったが俺は聞きとる事ができた。

「あ、はい、いいですよ。」

と、さらっと了承したものの、実際にお手洗いまで連れて行く時に触れた、彼女の体のやわらかさにとてつもなくドキドキした事を覚えている。

ホームを階段で降りてすぐにトイレはあった。それを見つけると彼女は、「すいません…!」と言ったとたん、足早にトイレの中に駆け込んで行った。

トイレの前で取り残された俺はそのまま去ってもよかったのだろう。ただここで去ってしまうのは彼女の介抱を途中で放棄してしまうんじゃないか、と心が残った。

どうしたものかとその場で落ち着きなくおろおろしていたのは5分くらいだっただろうか、そうしているうちに彼女がトイレから出てきた。

俺を認めたとたん、彼女は「えっ?」という感じで少し驚いた表情だった。まぁそうだよな、普通は立ち去ってるよな、と自分で妙に納得したのは覚えている。

彼女は律儀に「ありがとうございました」とお礼を言ってくれた。その言葉に俺はもう一度「大丈夫ですか?」と声をかける。彼女は言った。

「ええ、吐いたら少し楽になりましたから。」

「・・・・・・二日酔いとかだったんですか?」

「はい!?」

声が上ずった素っ頓狂な彼女の返答でようやく俺は変な質問をしたのだと認識した。今となっては恥ずかしい話だが、「つわり」の事を彼女に教わるまで当時の俺は全く知らなかったのだ。俺はたぶん赤面してたんじゃないかと思う。「吐く」と言ったら当時の俺にとっては酒の飲み過ぎくらいしか思い浮かばなかった。

彼女は笑いをこらえているようで、口元にハンカチを当てて俯いてはいたが、少し肩が揺れていた。だがそのうち笑い声が漏れ出てきた。

「・・・・・・! ごめんなさい! 笑うつもりはなかったんですけど。」

彼女は俺に謝ってきたが、やっぱりちょっとクスクス笑っていた。でもイヤな気分はしなかった。

思いがけず笑ってしまった彼女はいくらか気分も紛れたようで、それに頬の血の気が少しは戻ったようだったから、まんざら笑われ損でもなかっただろう。

笑いが収まった彼女は俺に向かって丁寧にお辞儀をして改札の方へ去って行った。俺は彼女の後姿を見ていて、そういえば大学の近くに産婦人科が入っている大きな病院があるのを思い出していた。


ここで話は終わりかと思いきや、実はもう少しだけ続きがある。

季節も変わって、もう少し寒さを辛抱すれば春が来る、という時期になっていた。

俺は大学の最寄り駅のホームで、本を読みながら帰りの電車を待っていた。その日は少しだけ春を思わせる暖かさを感じた。

そのホームで俺は「すみません。」と声をかけられた。読んでいた小説はちょうど中盤に差し掛かっておもしろくなってきた時だった。

「あの、前に助けて下さった学生さんですよね?」

一年近く経つが俺は覚えていた。その声と、白い肌に長いストレートの黒髪を。つわりのところを介抱した女性だった。

「あの時はありがとうございました。おかげで無事に産まれました。」

彼女は大事に抱いていたのは赤ちゃんだった。端がひらひらしたセレモニードレスを着て寒くないようにおくるみにまかれていた。今日退院したそうだ。ちなみにセレモニードレスとおくるみという言葉は当時の俺はもちろん知らなかったけど。

俺は大事そうに抱かれた赤ちゃんを覗きこんだ。当時俺が想像していた赤ちゃんとは全然違う。CMに出てるようなふっくらしてぷにぷにしてない。そして肌の色はまさしく「赤」ちゃんだった。

「なんか赤くて猿っぽい・・・・・・。」

ふつうは「かわいいですね」とか言ったり、性別を聞いたりするものなのだろう。当時の俺の発言は、今だったら顔を覆いたくなるような発言が多い。

女性はしばらくきょとんとしていたが、やがてくすりと笑った。

「生まれたてってみんなこんな感じなんですよ。でもとても愛おしいです。」

「すいません! 俺ってなんか失礼な事ばっかり…。この前もそうだったし…。」

「いえ、この前は楽しませてもらいました。」

ちょっといたずらっぽく笑う、赤ちゃんを抱いた彼女は幸せそうに思えた。ちなみに赤ちゃんは女の子らしい。

やがて駅に電車が近づいてくる。そしてホームにすべりこむ。

「それじゃあ。突然声をかけてしまってすいません。」

彼女は丁寧にお辞儀をしてそのままホームの端の方へ歩いていった。

彼女から目を離した時、俺はふと気づいた。退院したのなら彼女の親とか旦那さんとか親戚とか、誰かかしら付き添いに来るもんじゃないのだろうか。まぁ絶対付き添いが必要ってこともないが。

もう一度彼女を見ようとしたがホームには姿はない。彼女はすでに電車に乗ったようだった。そして電車はそのまま出発してしまった。そして俺は気づく。

「・・・・・・あ、電車乗りそこねた。」



毎年、梅雨の時期には律儀に思い出す出来事だ。そして俺の当時のバカさ加減も再認識してしまう。今は多少はマシになってる……と思う。

そんな事を考えていたら、あの「かたつむり」を歌っていた女の子と父親はすでにいなかった。目的の駅で降りてしまったのだろう。そうこうしているうちに俺が降りる駅も近づいてきている。

俺はパタンと本を閉じる。物語はクライマックスでどういう展開が待ち構えているか気にはなったのだがもう読む時間がない。家では読む時間はないだろう。

電車が駅に着き、ガタンと扉が開く。俺はホームに降り立つ。

さぁ、帰るか。 家には愛する妻と娘が待っている。



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【13作目】 感じるままに

ランダムに選ばれた3つの言葉すべてを使ってショートストーリー書きます。
今回のお題は『小春』、『終焉』、『アブソリュート』。


タイトル「感じるままに」

ここは湾に沿うように作られた公園。わりと広い公園でちょっとした遊歩道や、子供達が遊べる遊具スペースもあるので週末は子供達のはしゃいだ声がよく聞こえる。

その公園の一部、海が見えるところにウッドデッキが広く作られている。デッキは何段かの階段状になっていて、腰をかけて一息つくにはもってこいの場所だ。ここから海を眺めるのが私は好きだった。

今日は『小春』日和、おでかけするにはいい気温だ。私はホットコーヒーを持ってウッドデッキに座る。一口飲んで、ふぅっと息を吐く。

そして私は思い出す。彼と彼の子と一緒に過ごした日々の事を。短かったけどささやかな幸せに包まれていた。私が趣味で置いていた『アブソリュート』オイルのルームフレグランス。彼が好きだといってくれた。


彼とプライベートで会ったのもこの公園だった。

その日は3月の中頃なのにかなり暑かった。私は今シーズン初めてのアイスコーヒーを持ってこの公園のウッドデッキから海を眺めていた。

そのウッドデッキの左手にちょっとした茂みがあるのだが、そこに猫がいた。

白い毛並みにところどころ茶色が混ざっている。のそりと茂みから顔を出してきた猫と私は目が合った。睨みを利かせている様な、ガンを飛ばしている様な、警戒心満々のその表情で私を見てくる。

「不細工な猫・・・」

私は猫を含め動物全般的に愛おしく感じるほうだったが、そんな言葉を発していた。おそらく野良猫なのだろうが猜疑心の固まりの様なその猫の第一印象がそれだった。

「あ! にゃんにゃんだ!」

突然、私のうしろの方から声がした。振り返ると小さな男の子が猫を指差していた。そして急いで猫に駆け寄ろうとする。

私の傍をすり抜けるように男の子はパタパタを走っていったが、その時、私がデッキの上に置いていたアイスコーヒーに男の子の足が当たってしまった。私はとっさに手を延ばしたがカップは倒れ、中身の半分くらいはこぼれてしまった。

「すいません!」

男の子の走ってきた方向から男性の声。父親だろう。私はその声の先を見た。

その男性をみた瞬間、私は少し驚いた。その男性は私の勤め先の出入り業者の人だったのだ。一年前くらいから取引があり、私も仕事の件でちょくちょく話をする事もある。

もともと真面目な人で仕事でも無理なお願いを何度か引き受けてもらった事もあって私の彼への好感度は高かった。ただ指輪をしていなかったので子持ちだとは解らなかったが。でもその私の少しささくれ立った感情もすぐに萎えた。彼は奥さんと死別していたのだ。

それから彼との距離が急速に縮まった。付き合うのにそんなに時間はかからなかったし、週末は彼の家によく泊めてもらった。きっかけは不細工な猫。そしてコーヒーを倒してくれた彼の子に感謝。

正直最初は少しだけ戸惑った。子供への接し方に。会ったばかりの頃の私は腫れものに触れるような、そんなおどおどした接し方だったが、私がぎこちなくでも笑顔を向けると、時には恥ずかしそうにしながらも彼の子は笑顔を向けてくれる。私はその子の事が好きになった。

ただ独身の私と子持ちの彼とでは一緒にいればいる程、価値観に微妙なずれが生じてくる。

決して彼の子を軽視するわけじゃないけど、やはり私は彼との時間を求めてしまう。彼といる時間こそがなりより。言ってしまえば私にとって彼の子は二番目なのだ。

でも彼はそうじゃない。子供をなにより優先。近くに彼の両親がいるから子供を預けて私と会ってくれたりもするけど、彼の話題は子供の話が多くなっている。彼にとっては無意識になってしまうだけだろうけど、私には面白くない時もあった。

子供が小さくてまだ目が離せないだろうけど、心配はしてもしきれないだろうけど、せめて二人でいるときくらいは私を見てほしい。そのくらいのわがままは許されるんじゃないだろうか。

結果から言うと私は子持ち男性と付き合えるくらい大人になりきれていなかった。彼とその子と私との関係は一年で終わった。

私が彼の家で持ち込んでいた少ない私物を整理していたときだった。彼の子が物言いたげに下から私を見つめていた。こんな時、子供は妙に聡い。

私はしゃがみ、目線を合わせて少し微笑みながら言った。

「おねえちゃんね、もうこのお家に来れなくなっちゃった。ごめんね。」

何も言わず彼の子は私に抱きついてきた。反射的に私は抱こうと手を回す。しかし直前で止める。そしてしばらくしたら私はゆっくりと自分から離す。

「ごめんね。」

私はもう一度謝って、荷物を持ってそこから出ていった。

それから仕事先でたまに彼とばったり会うものの、表面上の対応はいつもと変わらない。プライベートな事を仕事場に持ち込む程、私は子供じゃない。

そして数ヶ月後、私は隣県の会社の支店に人手不足の為に年単位で駆り出される事になった。

今住んでいるところから支店まで通勤時間は2時間程かかる。上司も同僚も私が手ごろな住まいへ引っ越しすると思っていた。独り身だし賃貸に住んでるし、傍から見ると引っ越しするのに制約は特になかった。

でも私は引っ越さなかった。頭では解ってる。引っ越した方が絶対に楽。朝5時半に起きて、ひどい時には夜の11時過ぎに帰宅。でも私はここから動く気がしなかった。

ここに未練があるのだ。正確には彼とその子と一緒に過ごしたあの日々に。体がこの地から離れる事を拒絶したようだった。

まだきっぱりと踏ん切りをつけられたわけじゃないのは認識していた。けどここまで引きずっているとは思っていなかった。頭では理解できない、こころの奥底のもう一人の私が「ここにいたい!」と頑として譲らなかった。

もうひとりの私はちいさな子供みたい。感情のままに叫ぶ。「ここから離れたくない!」って。「二人と一緒にいたい!」って。

私は今までの人生、結構うまく渡り歩いてると自負していたが、どうやらそれをできたのはもうひとりの私を無視し続けただけだったからだろう。いつの間にか私は静かに泣いていた。


「ガサッ」という突然の音に私は左の茂みを見る。何かが動いている。のそりと出てきたのは猫だった。

私は目を疑った。あの白茶の不細工な猫だったのだ。相変わらずこちらを睨むような目つき。思わず私は苦笑してしまった。

「あんた、そんなにこの土地がいいの?未練がましい私みたいね。」

猫と私との間には数メートルの距離があり、到底届くはずもないが私は手を延ばしてみる。猫の方は特に興味を示さず、ぷいとそっぽを向いた。

「やっぱかわいくない…。私みたいね。」私が笑った途端、後ろから

「あ! ねこだ!」

と声が上がった。その声を最後に聞いたのは半年前だけどとても懐かしく聞こえた。

そしてその懐かしい声は私に向かって放たれた。

「あ! おねえちゃん!」

彼の子は私の前に立ち、そしてもう一度「おねえちゃん!」と叫んで勢いよく私に抱きついてきた。このふんわりとした肌の匂い。もう何年も前の事のような気がする。

私はその子の後ろに目線を滑らせる。私は彼を認めると立ちあがった。その子は私の太ももにぺったりとくっつき、顔をうずめている。私は頭をなでてやる。

「あなた達と一緒にいたい。」

目線はしっかりと彼の瞳に合わせ、きゅっと口を引き結ぶ。それが私の覚悟の表れだった。

彼の目は潤んでいた。彼は少しずつ私達に近づき、そして二人をつつむように抱いてくれた。彼の服から私の好きな香りがほのかに感じられる。まだ使ってくれてたんだ。

独身生活もこれで『終焉』を迎えるだろう。いや、きっとそうなる。



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